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アートギャラリー鵬休堂

京都東山にある画廊の展覧会情報です。

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長尾鴻平

長尾鴻平
厳密に言うならば星の位置は変化しているが、地球からそれまでの距離があまりにも遠過ぎるため、星図が大きな様変わりすることはない。
 古代中国の星座は2500年ほど前に成立した。そして現代の星座は1922年にIAU(国際天文学連合)により定められた88星座が通称となっている。2500年の時間進行による星の消滅や移動により多少の変化があったとしても、われわれが見上げる夜空の星の位置に大まかな変化はない。
 その観測による差異で、文明や価値観の歴史や変化を知ることができる。同じ星同士を結んだとしても、東西で一致した星座にはならず、その意味は違ってくる。これにより東西の文化の差異を参照するための切り口ともなる。星座は、実際に星同士が結ばれているのではなく、人間の認知によって結ばれており、これは切断と結合の歴史をも示唆することができる。
 星座は人間の認知により、実際は何光年何憶光年離れた星同士の奥域や距離や時間を、地球から観測した平面的な図として捉えることで成立した。これは絵画の仕組みと同一であり、絵画の形式をダイレクトに扱うために時空を内包した星の、直接的な光は絶好のモチーフと言えるだろう。
 新作では、絵画構造の反転としてシューズボックスの内側に宇宙を描いた。
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  1. 2018/02/17(土) 01:20:57|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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丹羽優太

丹羽優太
鯢遊戯図」は2014年に描いた「ゆらめく」という作品のリメイク作品である。この作品は私が初めて大山椒魚を描いた作品であり、今になってみれば転機となった作品と呼べるかもしれない。今回の作品は2匹の大山椒魚に人々が思い思いに関わっている様子を描いた。イメージの源泉は“鯰絵”。鯰絵は江戸時代、大きな地震はあったのちに描かれた、当時の地震に関連する出来事をユーモラスに風刺した作品である。 地震という自然災害を鯰という生き物に置き換えることで、人々は恐怖を紛らわしていたのかもしれない。私はこの鯰絵を今後の1つのテーマにしたいと考えている。今回はその一歩となる作品である。
巨大な山椒魚とそれを取り巻く人間。人々は何を思っているのだろうか。
  1. 2018/02/17(土) 01:15:13|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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谷本有沙

谷本有沙
どんなモノでも手に入る街「万屋街」は、俗世には存在しない。空中楼閣のような虚構である。それは求める者の強い情動的な願望に応じて、忽然と俗世へと繋がり現れる。そして、その者を彼の街へと導くのだ。
今回のリメイクでは、俗世に出現する「瞬間」をえがいた。物事には時間という流れが存在する。止まること、戻ることのない「刹那」。
この俗世と虚構の狭間を表現するために、線と面の関係に着目した。線は形はあるが実体のない様を表し、面による彩色は、実体性から表出する感情を表現している。人間の思考にも線と面が存在する。「線の思考」とは理論的思考で客観的、「面の思考」とは感性的思考で主観的。この思考が、絵画での線と面の関係と繋がるのだ。線は実体のない無感情な存在であると共に、実体を形作るフレームである。その線が実体の概観を認識させる。そこに、感情のいう名の色彩を面として載せていくことで実体となる。線を彫る行為により、空間に対象の形を刻み込み。
参考としている田淵俊夫さんは、刹那的な情景の感動を線と色彩により表現している。その観念を取り入れて描いている。描写方法は異なるが、線描と色彩の関係に深く感銘を受けている。
  1. 2018/02/17(土) 00:59:13|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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神先智子

神先智子
以前、私は時を閉じ込めようと線を排し、闇に埋もれさせてきた。今度は線によって、時を掘り出してみたくなった。
今は焼失してしまった、古代の法隆寺の金堂壁画の手法によってそれを試みた。当時の壁画を再現し、当時使われていた絵具のみで制作した。
  1. 2018/02/17(土) 00:35:13|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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岡部仁美

岡部仁美
私の生まれ育った故郷は、古くから稲作が盛んな地域だった。
農業用の溜め池には岩を彫って造られた水神様の像・俱利伽羅不動尊が建てられた。
以前に描いた水神の絵は、小さい頃に初めて像を見た記憶を頼りに、動きのない、静けさを表した作品を描いた。
今回の作品はそれとは異なり、動きや奥行き、よりモノクロを重視した作品となった。再度描くことで、色を想像させるかたちに私の絵も変化した。
農耕を営む人々は、水神を守護神としての面だけでなく、時には荒ぶる神として崇めていた。
  1. 2018/02/17(土) 00:24:40|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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三森貴公

三森貴公

≪菊≫
2015年に制作した「菊」をリメイクした作品。澄み切った秋空の中、見頃である菊がとても立派に咲き誇っていた。力強く華蓮に咲く姿に私は無我夢中でスケッチをした。
前作では、その見事に咲き誇る姿を表現しきれなかったと悔いの残った作品であったので、今回リメイクをする事にした。
 森田りえ子氏と長谷川契華氏の描く作品を参考にしながら、菊の花びら一枚一枚の存在感のある厚みを岩絵具と胡粉を丁寧に塗り重ねる事で表現した。そして花びらの繊細な繊維をしっかり追っていき、線を描くことでひとつひとつに命を宿すように意識して描いた作品である。
  1. 2018/02/17(土) 00:06:29|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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第3期 ごあいさつ

第三期 ごあいさつ
第3期では神先智子、長尾鴻平、岡部仁美、三森貴公、谷本有沙、丹羽優太の6人の作家が出展しております。
鑑賞者の皆さまから向かって左側に新作を、右側に自身の過去作品を基に制作されたリメイク作品を各作家ごとに配置し展示してあります。それぞれの展示台には過去作品の写真と作家コメント、作品を描くことになった経緯のもととなった資料が置いてあります。作品と共に、完成に至るまでの作家の思案や作品の経緯を少しでも垣間見てもらえればと思います。第3期作家一同
  1. 2018/02/16(金) 23:43:35|
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神谷真千

神谷真千
神谷真千
画像左⑫≪みんなしゅうごう2≫
人間は37兆6000億個の細胞で出来ている。細胞の中には細胞質という液体の中に細胞内小器官と呼ばれるいろいろな構造体が点在していて個々の働きを行っている。細胞の中で一番目立つものは核(DNA)であり、それは一般的にヒトの設計図の原本と言われている。しかし実際には、DNA中で設計をする部分は全体の1.5%に過ぎず専門家からの批判は多く見られる。この一般論と事実はかけ離れていることも多く、私達は気付かず過ぎる。これは、ゾムツールという分子をつくるキットに似ている綿棒が一つの細胞として成り立っているようなものと似ている感覚なのかもしてない。
画像右⑬≪Plastic fossils≫
現在は、1万1700万年前に始まった新生代第四紀完新世の時代であるという定説が変わり、今は人新世という地質年代に突入しているという学説がある。この地質年代の名は「Anthropocene」という。この人新世の特徴は、CO2による大気組成の変化、プラスチック化石の誕生、6度目の大絶滅と言われている。私は、プラスチック化石の誕生に着眼点を置き、人間の作り出した物質が地層として残るという史上初の出来事を作品に実際に起こすことにした。無意識に行っていることを意識的に行うことにより、客観的にこの問題について考えることができると考えた。
  1. 2018/02/08(木) 23:09:35|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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黒崎瑞枝

黒崎瑞枝
黒崎瑞枝
画像左⑩≪34-39.06 N 135-26.3 E≫
画像右⑪≪35-2.2 N 135-47.5 E≫
起点となった過去作品は、自分の制作と、そしてアスファルト地面との関係について考えるきっかけになったものである。この作品のリメイクによって、地面の下にある層、そして地面の上に落ちたものに対して視点を当て、私たちが立脚しているものについて改めて考えたい。現代、私たちが目にする地面の多くは舗装されているが、それ以前は、土の地面があり、草木も生い茂っていただろう。それらを潰すことによって、今地表はアスファルトによって覆われようとしている。しかし、人間が自然を破壊し、地表を舗装で覆っても、年月が経てば、アスファルト地面も地層の中の一層として、完全に過去の遺物となる時が来るだろう。だがそれは新たな創造の可能性も含んでいる。その破壊と創造のプロセスを、「点」の集積によって見立て、私たちが立脚している地面が孕んでいる危うさと、その不確かさの中から何かが誕生する多層構造を表現したい。リメイク作品ではアスファルト地面と、その上に落ちたものによって覆われてゆく様子、新作では、アスファルト地面とその下の層を描く
  1. 2018/02/08(木) 22:48:02|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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鈴木彩乃

鈴木彩乃
鈴木彩乃
画像左⑧≪おぼろげ≫
今回リメイクした作品は、卒業制作で発表した作品で一部分をトリミングし、モチーフを変えて制作した。この作品を選んだ理由は、大学院で花を描くきっかけとなった作品であったこと、また、現在私が制作する上で写生を大事にしているため、モチーフをペチュニアから今回は時期である椿に変更した。作品の表現方法について、卒業制作の際は、下地で水干絵具を主に使用したのだが、下地の強さに対し花の描き込みに悩み、結果として岩絵の具の着彩がうまくいかなかったため、今回は岩絵具を使って制作し、自分の表現を広げようと模索した。また、どちらも共通して、鈴木其一の「朝顔図屏風」を参考に構図を考え制作した。
画像右⑨≪ぼんぼり≫
この作品は、「おぼろげ」とモチーフの色や支持体、使用する画材を変え描き比べをすることで、表現の違いが比較できるよう制作した。また、学部時代に模写のクラスで、絹本作品の古典絵画の模写制作をした経験から、それを自分の制作に落とし込もうといった試みも含まれている。この作品を制作する上で、参考にした画家は速水御舟である。私は花をモチーフとして制作をしているが、彼の花の作品は表現方法が幅広く、今回は自分の中に取り入れたい要素を抽出して表現するよう心がけた。
  1. 2018/02/08(木) 22:17:15|
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段超

段超
段超
画像左⑥≪輝き≫
この作品は過去作品≪夏・輝≫からリメークしたものである。なぜリメークするかと言うと、過去作品≪夏・輝≫は人物作品として制作し、展示した。背景としての朝顔は女性の複雑で細かい心の世界を象徴し、人物の表現に悪影響がないため、目立たないように制作したが、主役として大切に表現すると、どうだろうかと考えた上で、植物の質感、画面全体のふかみ等の問題を中心にリメークした。
画像右⑦≪花開富貴≫
日中両国の絵画の融合を目指している私はこの作品を制作した時、中国の宋代絵画を参考した。大半の宋画は画絹(がけん)に中国画顔料や様々な表現の工夫をすることによって、実に多様な描写ができる。特に線の表現が大切である。では、宋画の絵描き方は絹しかできないか、中国の絵画表現は日本画に生かせるか、はどういうふうにするだろうかという疑問を持ち、和紙に「揉紙」という日本画技法で中国画表現手法を加え、この作品を制作してみた。
  1. 2018/02/08(木) 21:52:05|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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横田唯

横田唯
横田唯
画像左④≪もとめて≫
 今回リメイクした元の作品は、現在描いている吸盤をモチーフにした作品シリーズの習作である。この作品はパネル張りせず、紙をそのままに描くということも同時に試みている。制作後に気付いたのだが紙が薄いため窓辺に置くと透けて見え、まるで手のひらを太陽に透かしたかのような印象を受けた。吸盤シリーズの作品は自分の身体に吸盤が欲しいというテーマで描いているため、下地のベースの色は自分の肌の色味を参考にして塗っている。このことと、手のひらを太陽に透かしたかの様子が線で結びつき今回リメイクするに至った。
画像右⑤≪もとめて≫
私が吸盤を描く理由は、吸盤が持つ「触れたものの成分を読み取る力」を自分に身に付けたいからである。今回この新作では以前吸盤作品を描くのに使用していた。刺繍糸を使う方法での吸盤の表面表現を今の作風に新たに取り入れた。今までの吸盤の作品では、吸盤の表面は表現せず抽象的に描いていた。しかしそれでは吸盤として見て貰うことが難しく、作品テーマを理解して貰うことが不可能になると考え今回試験的に刺繍糸の表現を取り入れることにした。

  1. 2018/02/08(木) 21:29:49|
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高ツテイ 

高ツテイ
高ツテイ
画像左➀≪化粧≫
本作は、私が日本画を学ぶ以前、台湾での学生時代に描いたイラストをリメイクしたものである。多くの女性は化粧をする姿を人に見られたくないと言う。それは、「途中の段階で見られるのは恥ずかしいから」だと言う。しかし、私はそう考えない。私にとって女性が化粧するのは、自信を持つため、また誰かを想いながらその気持ちを表現しているのであり、その姿はとても魅力的なものなのだ。このような思いから、「化粧」という作品を描き出した。
 また、今回の作品には、日本画を学ぶことにより得られた技法、絹本を用いてリメイク作品と新作を描いた。絹目と胡粉の種類による肌の質感の違いを今回の作品で見せたいと思っている。
画像中央②≪春雪≫
 中国・唐代の詩人韓愈の作品には、春雪という季節の詩がある。この詩は、新年を迎えても寒さはまだまだ厳しく、どこにも春らしさはみられないのに、二月になって暖かくなり、草木が一斉に芽を出すのに驚かされる。しかし、雪は、まだあたりが春になることを嫌っていて、わざと木々の間に雪を花びらのように、散らせている。それで、少女は、雪が花びらのように舞う中で、春が来る日を待っているというものだ。本作品は、その情景を描いている。
画像右③≪梔子の花≫
 台湾には、キロロの「未来へ」を中国語でカバーした「後来」(訳:それから)とい歌がある。「未来へ」と「後来」の詞の世界は同じではなく、音を由来として書かれている。この歌の中国語の中には、「クチナシの花の白い花びらが、私の青いプリーツスカートに落ちた。「好き」と言った彼の言葉を聞きながら、私は頭を低く下げて、この香を味わっていた。」という歌詞がある。本作品はこの歌を聴きながら、歌詞の中の女性の気持ち、心残りを表現したものである。
  1. 2018/02/08(木) 21:11:21|
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第二期 スタート

第二期 あいさつ文
昨日から第二期グループの作品展がはじまりました。ごあいさつ文を掲載します。

今回、この京都造形芸術大学大学院日本画グループ展「糸を手繰るように」の展示である第2期では、神谷真千、黒崎瑞枝、高ツテイ、鈴木彩乃、段超、横田唯の6人が出展しております。
 私たちは、この6人の共通要素として、生命の営みの流れがほのかに現れるよう、展示を構成しました。細胞や無機質な存在から、次第に植物や生物、そして人間へと至る生命の循環を辿るような展示としています。お手元に置かれているクリアケースには、各作家の起点となった過去作品と、それぞれの作家のコメントを紹介しておりますので、鑑賞の際に作品と合わせてご覧いただければと思います。
  1. 2018/02/07(水) 09:30:59|
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柴田直樹 作品

柴田直樹 作品
柴田直樹くんには、3点の作品を出品いただきました。右が過去作のリメイクで、真中と左が新作になります。彼は、火星表面や砂場の陰影であったり、今回のように海面の波模様などをモチーフにすることが多いそうです。彼の作品は、ゲシュタルト心理学に符合したところから出発しています。例えば、草間彌生の絵画の中で単なるドットの集まりを「カボチャ」と認識することや、パラパラ漫画を素早く繰ることによって動いているかのように見えたり、音の集まりをメロディーと認識することは、ゲシュタルト(全体性を持ったまとまり)心理学の領域となります。つまり彼の作品において鑑賞者の認知作用を意識しつつ、実体があるのかないのかという「ルビンの壷」のように認知心理学をはじめ現象学の領域へと続いていきます。さらに仏教的な解釈では、般若心経の色即是空、空即是色ということになるのでしょう。
  1. 2018/02/05(月) 00:04:43|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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柴田直樹 説明文

柴田直樹 説明文
≪左面≫
柴田直樹 Shibata Naoki
≪無題≫
今回、過去作をもう一度作り直すということにおいて、私は特別なテーマやコンセプトというものをもっている訳ではない。リメイクするに当たって選んだ過去作は私が今作り続けている作品群の雛型のようなもので、起点となったものではあるが、今現在そこから何かを新たに学ぶようなことはない。このリメイクは起点となった作品を今の私の描き方で作り直すとどうなるのか、という一つの実験である。下地として用いている顔料を雲母(細目)からより金属質な光沢を持つパールホワイトというものに変更した。波模様の色相による奥行きを排し単一色に変更した。波模様の前面に配置していた岩絵具の層を排した。以上の3点が過去作品からの主な変更点である。
≪empty#16≫ ≪empty#17≫
多即一、一即多。
私達は真実の世界を見聞きすることは出来ないが、私達が感じているこの世界こそが世界の全てであることに変わりはない。そして、私達の思考も感情も確かにそこに存在している。この世界と自身の一切合切は認識という同一線上に存在しており、そこに優劣や差異はなくただ在るのみだ。また存在することと、存在しないことは全く同義である。全てが存在しないということは、全てが存在するということに他ならない。一つ一つのものが世界を構築し、またその一つのものこそ世界そのものであり、全ての事物はそれぞれがそれとして完結して純然と存在しているのだ。私達はありのままの全てをただ在るがままに受け入れるしかない。
≪右面≫
揺らぎ
2016年
和紙、岩絵具、墨、膠
410×318㎜
  1. 2018/02/04(日) 22:56:22|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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松浦健太朗 作品

松浦健太朗 作品
松浦健太朗くんには、4点1組の作品を出品いただきました。 この作品は、彼の過去作のリメイク作品となります。そのオリジナル作品「朽葉」は大学2回生の時の作品で、それ以降は、材料やフレスコの洋画の研究をしていて、いわゆる‘’日本画‘’から離れているそうです。この「無題」は、コンパネを画面支持体として、フレスコ画のように下塗りに石膏を用い、そして着彩後にシルクスクリーンを被せている作品となります。この作品が、4点1組になっているのは、一つの作品を4分割したのではなく、一つの作品が4枚に量産されたいう意味で、展示空間が許せば、無限に増刷されている展示にしたいという。この量産というのが、作者の主張の現在の表現法といえます。一品一品を丁寧に描いていく日本画制作の在り方への疑問であり、そのテーゼに批判的視座に立ち、版画的手法を持ち込み自らの作品を量産品化することによって、アンチテーゼを視覚化した作品としています。彼の主張は、明治以降の西洋的なるものを取り入れた近代化された日本画への疑問と批判であり、その継承上に立つ現在の日本画もしかりであるという。彼の批判的精神とその視座をもって創作活動するというのは、創作動機の大切なモチベーションそのもので、そのモチベーションと視座を保ちつつ、弁証法的に止揚(アウヘーベン)された彼なりの解決策であり、あるべき日本画の提示でもあるジンテーゼなる作品が可能なのか見守りたい。
  1. 2018/02/03(土) 11:30:40|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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松浦健太朗

松浦健太朗 説明文
≪左面≫
松浦健太朗 Matsura Kentaro
≪無題≫
工芸的付加価値の高い日本画をシルクスクリーンによって量産することで、その本質の希薄さを提示する。リメイクする作品は、私が最後に制作した日本画である。日本画と離別するきっかけになった作品であり、それを量産することで、過去の自分の仕事の無意義さを再確認する。
≪右面≫
朽葉
2014年
紙本彩色
1620×1303㎜
  1. 2018/02/03(土) 10:26:20|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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多喜七星 作品

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多喜七星さんには、2点の作品を出展いただきました。右がリメイク作品で、左が新作になります。日本画をよく勉強されているのがよくわる作品です。岩絵具の使い方が本当に見事で、この若年でここまで岩絵具を使いこなせるのかと感嘆させられます。岩絵具の塗る順番や粒子の大きさ、膠の質や濃度などいくつもの失敗と研究を重ねられた結晶といえます。この技量が備われば様々なモチーフに挑んでも作品の出来にブレなく仕上げることができるものと思います。 憧憬もまた記憶のかけらとしての心象風景であり、心の故郷となり、懐かしさと共に現在を肯定的にとらえる時間軸に自分を置くことができます。また、実景を前にして写生を繰り返し、そのスケッチを基にいざ本画制作となると作意が主導することになります。この作意というのは、作家のメッセージであり、言いたい、表現したい核心部分となります。すると実景のスケッチは従う立場となり、作者の意図を表現するための道具立て、仮託の役割しかなくなります。古来の絵画論からある写実と写意の問題となります。さらによく勉強していくと釈迦の「中庸」の考えのように至るのかもしれません。琴の弦は張りつめても、たるんでもよい音を響かせることはできません。奇をてらわず凡事徹底の大切さを多喜さんの作品から伝わってきます。
  1. 2018/01/31(水) 23:27:19|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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多喜七星 説明文

多喜七星 説明文
≪左面≫
多喜七星 Taki Nanase
≪夕さり≫
過去作品である≪残光≫では、公園の遊具の
影をモチーフにその場に流れる空気や時間の気配を表現しました。
今回のリメイクという機会を経て、もう一度公園に足を運んでみると過去に制作した際に風景から感じ得たものとはまた違った、温度のある優しい印象を受けたので、赤系統の岩絵具でまとめました。前作で影は黒群青などの岩絵の具でくっきりと描いてましたが、今作で求めたのは風景に馴染む、色彩を含んだ影です。そして影だけでなく、光の美しさにも改めて魅力を感じ、地面に落ちる柔らかい光の形や、木の葉に切り取られた光、光と共に影が在ることを実感しました。そのために今作では視点がより一層、影と光に向くような構図、見せ方を試みました。以前の「影を描く」という意識から「光を描く」意識のもと、制作した作品です。
≪漂いて≫
柳の葉が風になびく姿です。宙に浮くような軽やかさを豊かな緑の色面と共に表現しました。私の制作における表現は、ものを見せるというよりも、そのものの「実感」と「情感」を追い求めた心象風景を試みています。その中で、画面の中の柳は、柳としての実景の姿ではなく、吹く風の心地よさや葉音、纏っている空気の粒子を描きだすものとして存在します。柳の葉は裏表で色に違いがあり、風になびいて色がひらひらと変わるように見えます。これら、ひとつひとつの葉が持つ緑色は柳という輪郭線を超えて空気に滲み出てゆく、絵画であるからこそ見せれる姿を見せたいと願い、制作しました。
≪右面≫
残光
2016年
紙本、岩絵具、銀箔
727× 910㎜
  1. 2018/01/31(水) 22:34:57|
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田中翔子 作品

田中翔子 作品
田中翔子さんには2点の作品を出品いただきました。風景画ということですが、心象風景ととらえられるでしょう。心象風景というのは、その画家の心の風景であり、顕在意識が、氷山の一角ほどに上昇してきた潜在意識を俄かにとらえたvisionであり、少なくとも目を閉じて見えるvisionであって実景とは異なります。この潜在意識は、その人物の趣味嗜好、日々の生活態度、感情の起伏、家族の価値観など意識されることなく蓄積していると同時に意識されることなくその人物の行動を影で支配しているものといえます。この田中さんの心象風景は、非常に穏やかで温かみがあり、透明感と鮮やかな色彩の世界です。おそらくその対極たる恐怖や貪り、怒り、愚痴とは別世界の領域といえます。もし今後人類にフロンティアがあるとすれば量子的宇宙か潜在意識でしょう。そして、量子的宇宙と潜在意識が同じものとするならば、就寝中に夢を見るように時に異次元を垣間見ることも可能でしょう。そんなことを感じさせる田中さんの作品です。
  1. 2018/01/31(水) 21:56:03|
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田中翔子 説明文

田中翔子 説明文
≪左面≫
田中翔子 Tanaka Shouko
≪彩≫
私たちよりもはるかに長く、この世界を見てきた宙と大地と木々たち。溢れるばかりの色彩を力強く放つその姿は、私たちの「綺麗」という感覚を通じて、生命の栄枯盛衰を教えてくれるような気がする。
2017年に制作した≪木々の声1≫をリメイクした作品。色鮮やかな紅葉や落ち葉、晴れた色の空を表現するにあたり、以前に使用した海外産のチューブ絵具で色を重ねていくと、先に画面に塗っていた色が隠れて見えなくなるという経験から、今作では日本画で伝統的に使用する画材(水干絵具や岩絵具)に全て変更した。今回、主に使用した岩絵具は、鉱石を砕いて作られた粒子状の絵具で、先に画面に塗った色が透けやすいという特徴がある。様々な大きさの粒子(岩絵具)を塗り重ねて粒子の隙間を埋めることで、より複雑な色彩の重なりや、水性絵具らしい柔らかい空気の表現が可能になった。
≪夕彩~冬~≫
澄みきった空気の中、沈みかけた夕日に光に照らされる夕雲。毎日空を眺めていると、雲のかたちも、夕日の光も、毎日変化することを改めて実感する。同じ毎日など無く、毎日が特別なものであるということに気付かせてくれる、美しい夕暮れの色彩。
以前、作品を制作した際に(右項参照)海外産のチューブ絵具を様々な色を重ねすぎた事で色が濁った経験を踏まえ、今回は冬にしか感じられない透き通った空気や淡い夕雲の色彩を表現するために、絵の具を塗り重ねすぎないよう細心の注意を払った。
絵の具を塗り重ねる作業を最小限にした上で、奥行きや立体感を表現するため、滑らかで凸凹がない水干絵具などの水性絵具で
大まかに雲を描いた上から、障子紙にも使用されている美濃紙を貼り込み、下に塗った色が透けて見えるようにした。貼り込んだ美濃紙の上には、柔らかい色彩表現ができる岩絵具を主に使用し、制作した。
≪右面≫
木々の声Ⅰ
2017年
キャンパス、顔料、アキーラ、岩絵具
1700×3000㎜
  1. 2018/01/31(水) 21:00:08|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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大山佳織 作品

大山佳織作品
大山佳織さんには、今回3点出品いただきました。右の作品がリメイク作品で、真中と左が新作となります。菊花の葉と茎をモチーフにして、補色を意識した抑え気味の色彩で描かれ、薄い綿布を下地にすることにより一層、味わいを増しています。 花を主題にすることなく茎や葉に着眼しているのは、当然、誰しもが花を愛でるであろう当然行為そのものへの自覚的作業からなのでしょうか。 言うまでもなくこれら茎や葉が、立派な花を支えるであろうことに間違いありません。この思想を深読みすれば、菊花が別名で国華と呼ばれることを意識すれば、世の中にスポットを浴びている人たちと同時にそれを支えている名もなき人々への視点を持った作品と考えられます。それと同時に、室町時代に風姿花伝を著した世阿弥が「秘すれば花なり 秘せずば花なるべからず」といったように花をより美しく見せるためにあえて見せないということがより人々を魅了することもあるでしょう。
  1. 2018/01/31(水) 20:18:17|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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大山佳織 説明文

大山佳織
机に置いてあるファイルの内容をご紹介します。
≪左面≫
大山佳織 Ohyama Kaori
《magnificent 1》
2017年の2月に制作した作品は、花道の思想に興味が出始めた頃で、今後の制作方針がまだ朧気にしか決まっていなかった。前回も今回も共通しているのは、日本画の古典技法 地色を意識しつつ制作していることと、菊の花を描いていないことの2点である。
当時は何となしに決まった構図であり、気に入っていたが、不完全燃焼になってしまったのが気にかかっていた。今回のリメイクは、以前の消えかけの姿からはっきりとした姿になり、菊を通じて花道の思想や園芸品種との繋がりを意識し花を描かない構図をとりました。色彩に関しても、古典技法を踏襲しながらも、独自の色使いをしようと思い、補色を利用した表現を試みた。顔料の種類は同じものを使っていますが、表面に現れる姿は劇的に変化しています。
《skunk cabbage》/《magnificent2》
リメイクの影響を受けた茎と葉の表現をさらに広げたいと考え制作した。補色を利用した作品と重ねて表現した作品の2点になっている。大学院の2年間で培ったコンセプトと共に進化した姿をご高覧下さい。
≪右面≫
sin
2017年
天竺綿、顔料
273×455mm
  1. 2018/01/31(水) 19:31:58|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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第1期のごあいさつ

第1期 ごあいさつ

第1期グループによりますごあいさつ文が画廊内に掲載されていますのでご紹介します。
<上段>
京都造形芸術大学大学院日本画専攻の院生による展覧会です。

本展覧会では、会期を3期に分けて作家を入れ替え、それぞれが自身の過去作品を現時点の作家自身がリメイクし、それに新作を並べて展示しています。

「糸を手繰るように」

作家が作品を形にするまでの道程のことです。
日本画専攻に所属しながら私たちは、東西の混じり合った東洋の島国で、歴史や文化、あるいは身辺に混在する様々な糸を手繰るように制作をしています。
自分の過去作の中に、現在の作品に至るまでの道の途中で見落としてきたものがあるかもしれません。それを拾い直す機会でもあり、自分が考えてきたことや興味のあったものをどこかで思い出せること、作品が現在の作品になるために自分が得た知識や経験を再確認することも、展示の目的としています。
今回の展示では、作家がそれぞれに「手繰ってきた糸」を資料展示などの形とし、それらを参照することで現在の作品がより奥行きを伴って見られるよう試みております。
3期に分けたグループごとに、それぞれ違う見せ方で展示しています。ぜひご高覧ください。

<下段>
今回、この京都造形芸術大学 大学院 日本画グループ展「糸を手繰るように」最初の展示である第1期では柴田直樹、多喜七星、田中翔子、大山佳織、松浦健太朗の5人が出展しております。
鑑賞者の皆さまから向かって左側に新作を、右側に自身の過去作品を基に制作されたりリメイク作品を各作家ごとに配置してあります。机の上に置かれているファイルにはその基となった過去作品と共に、それぞれの作家コメントが載っておりますので、このファイルと共にそれぞれの作品をご覧いただければと思います。          第1期作家一同
  1. 2018/01/31(水) 19:12:10|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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第1期スタート

第1期スタート
「糸を手繰るように」の展覧会が昨日からはじまっています。海外の旅行者もよく来廊され、芳名録に名前を頂いています。
海外の人も素直に感動いただいています。
  1. 2018/01/31(水) 18:39:34|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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告知 糸を手繰るように②

糸を手繰るように表
日本画グループ展「糸を手繰(たぐ)るように」のごあいさつ文を掲載します。
京都造形芸術大学大学院日本画専攻の院生による展覧会を開催致します。日本画を専攻し東洋文化を学ぶ私たちにとって西洋文化との繋がり、あるいは差異とも呼べるこの関係性は、古来の作家と同じように大きな価値観を成す要素の一つとなり得ます。そのような時代の揺らめきを私たちは時に古典と呼び、習うのでしょう。本展覧会では、自身の起点となる作品を現時点の作家が再構成し、そこから関係して生まれる17の糸を新たに紡ぎ出します。院生一同
  1. 2018/01/29(月) 11:08:32|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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告知 糸を手繰るように

糸を手繰るように裏
いよいよ明日から京都造形芸術大学大学院日本画専攻の院生の日本画展がはじまります。展覧会タイトルは「糸を手繰(たぐ)るように」です。17名の院生作品を3期に分けて展示します。第1期は、柴田直樹, 大山佳織、多喜七星、田中翔子、松浦健太朗の5名です。2月4日まで
  1. 2018/01/29(月) 11:02:33|
  2. 展覧会2018年1月糸を手繰るように
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